ヒビ考える

僕のストレス発散スペースです。即売会に行った時はイベントレポートをアップします

「死」の考え方

なんかヤバめなタイトルだけども、変な意味じゃないんで安心してください。
めんどくさかったら一番最後にちょー簡単に考えをまとめてるんで、それだけでもいいです。

昨日の情熱大陸を見ていたら、なんとなく思いついたことって言うか、感じたことっていうかそんな話。
昨日の放送はアートディレクター・イラストレーターの寄藤文平さんの話でした。
おそらくよく見かける絵を描く人なんで知ってる人も多いと思います。
その放送の中で彼が執筆している「死」と言うことをテーマとした本の事をやっていました。
人間が死んだ後どのようになるかっていう事を国や宗教なんかが違うと色々違いがあるっていう話が出てました。
確かに文化・宗教によって違いがあるなぁって思いました。

仮にいくつか系統を分けて考えてみた。
輪廻型…死んだ魂は別のものに生まれ変わる
マルチエンディング型…行いによって行く場所が変化する(例:天国・地獄)
見守り型…死んだ魂が子孫を守っていく
他にも信仰する神の元に行ったりとかそーいうの。
全部調べて系統を分けたら他にも色々な分け方があると思いますが。

国・宗教・文化が違えど、人が死んだ後どーなるかという事を考えるって言うのは共通している気がします。
おそらく「死」というわけのわからない不安感がそうしているのかもしれないですね。
だれも確かめる事ができない事にひとつですから。

それで感じたのは、たいていの「死」の考え方がかなり古代に考えられて国や文化や宗教によって昔からイメージが定着しているんじゃないかと言う事。
信仰心が非常に高い国なんかはおそらくこれからも考え方は変わることはないと思います。
日本なんかは信仰心が希薄で、年の行事なんかを考えてみると色々な国や文化を取り入れているような気がします。
なんつーか日本人の食事にみたいなイメージと言うか…
特に違和感なく取り入れているって感じ。
でも日本の「死後」の話って、三途の川を渡って〜みたいな話が固定化されてみんな認識してたりすることが多い気がします。

死者への弔い方みたいな儀式的なことはそのままでいいと思うんですよ。
色々なものを取り入れている割には、こーいう「死」の捉え方は日本は新しく生み出していないなぁって感じました。
なにか現代的な要素を取り入れても違和感がないような気もするしねぇ
例えば今になって誰かが新しく思いついて広く普及したら、さらに先の世代では新しく作った話が定着しているかもしれないんですよ。

長々と書いたけど、「死後」と言うテーマにおいて今の文明の新しい要素が取り入れられないのは不思議だなぁって感じただけです。
それだけの話です。

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